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【純文学】偏食気味のミステリ好きが芥川賞受賞作を読んでみた【感想】

以前、女優の芦田愛菜さんの読書遍歴をテーマとした「まなの本棚」を読みました。その読書量は勿論のこと、選ぶジャンルの幅の広さにもとても驚かされました。

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私にとって読書は学び目的ではなく完全なる趣味です。読みたいから読んでいる、ただそれだけなので、好きなものばかり読むことには何の疑問もありませんでした。しかし、Kindle unlimitedを利用するようになったことをきっかけに、今まで「購入する」という高いハードルを越えてまで挑戦しようとしなかったジャンルの本(ビジネス書やエッセイなど)に触れることが多くなり、その結果、ただの食わず嫌いであったことが判明しました。

名探偵が謎を鮮やかに解決しなくても、面白い本はたくさんあります。

そのような経緯により、芥川賞受賞作3作品を読みました。以下、感想です。

「推し、燃ゆ」宇佐美りん

推し、燃ゆ

推し、燃ゆ

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坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、の逆だ。その坊主を好きになれば、着ている袈裟の糸のほつれまでいとおしくなってくる。そういうもんだと思う。

「推し、燃ゆ」宇佐美りん

生きづらさを抱えながらも、全身全霊をかけてアイドルの上野真幸を推していたあかり。ある日、突然、推しが炎上したことをきっかけに、あかりの歯車は少しずつ狂っていく。

ページの至る所に線を引きそうになるほどいいなと思う文章が多く、その中でも特に好きな一文を引用しました。「あばたもえくぼ」など、「坊主憎けりゃ~」の反対の意味を持つことわざはいくつかありますが、あえて「坊主憎けりゃ~の逆」という言い回しをするところがいい。ほつれた袈裟を着たかわいいお坊さんが目に浮かびます。

あかりのように1人の「推し」をのめり込むように推していると、自分の人生を乗っ取られたような気分になることがあります。そのため、作中で推しを推すことを人間の物理的な芯である「背骨」に例える表現がとてもよく馴染むなと思いました。

 

「コンビニ人間」村田沙耶香

「普通の人間っていうのはね、普通じゃない人間を裁判するのが趣味なんですよ。」

村田沙耶香「コンビニ人間」

「普通」の生き方に馴染めず、「コンビニの店員」の型に嵌まることで世間に溶け込もうとする古倉恵子。ある日、恵子の働くコンビニに、新入りとして婚活目的の男性・白羽がやって来る。

時代は変わりつつあるものの、それでもなお「普通でないこと」に対する世間からの風当たりは強くあります。そんな世の中で主人公が「普通」に擬態するための職業として、マニュアルでがっちりと固められたコンビニの店員を選ぶところが面白い。

恵子は周りの空気を読めないが故に、行動や返答すべてをコンビニのマニュアルや妹から教わった「普通の30代女性」の型に嵌めることで周囲に馴染もうとしています。それで上手く生きられているのであれば、何の問題もない。

引用した一文は恵子を諭す白羽の台詞です。何処かのレビューに「気持ち悪い小説だ」と書かれているのを見ましたが、私は恵子や白羽よりも、むしろ恵子に「普通」を押し付ける周りの人たちに気持ち悪さを感じました。

 

「蹴りたい背中」綿矢りさ

「で、私、人間の趣味いい方だから、幼稚な人としゃべるのはつらい。」

「”人間の趣味がいい"って、最高に悪趣味じゃない?」

綿矢りさ「蹴りたい背中」

高校のクラスに馴染むことが出来ない長谷川初実。ファッションモデルのオリチャンと遭遇した経験がきっかけとなり、同じくクラスの余りものでオリチャンの大ファンである男子・にな川と接点を持つことになる。

主人公のハツが蹴りたいのは、にな川の背中です。その理由については断言されていませんが、自分と同じようなはみ出し者だと思ったにな川が、自分よりもよっぽど上手く生きていることへの嫉妬なのかなと思います。

独りでいることは決して悪いことではなく、周りを見下すことも、態度に出すことなく心の中に留めるのであれば自由です。しかし、主人公のハツは、自分を認めてほしいという気持ちが捨てきれないうえ、先輩や友人に対し、余計な一言を発してしまいます。対してにな川は、もはや他人に何かを期待することはなく、オリチャンを推すことにのめり込む一方です。引用した会話はクラスに馴染めないことに対するハツの言い訳を、皮肉で返すにな川の台詞です。加えてにな川、この後ハツにきちんとフォローを入れている。どうせはみ出し者になるのであれば、にな川のように生きたい。

また、タイトルに「背中」という言葉があるとおり、随所にハツがにな川の背中を見つめる描写が登場します。他人の姿を正面から見る機会は多くありますが、背中となると、どういう種類の感情であれ、よっぽど興味のある人のものしか見つめないような気がします。しかも、その感情は一方通行です。そう考えると、ハツが蹴りたいのが「背中」であるところにも面白さがあります。

 

無作為に3作選んだはずが、どれも方向性が何となく似ているのは何故なのか。

 

↓ 名探偵が謎を鮮やかに解決する本

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