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【映画「グラスホッパー」】岩西と蝉は最高の相棒だ【感想】

殺し屋達の攻防を描いた伊坂幸太郎さんの小説「グラスホッパー」。この作品は2015年に生田斗真さん主演で実写映画化されています。

物語は「鈴木」「鯨」「蝉」という名の3人の登場人物の視点にて、裏社会で起きた1つの事件を様々な角度から追いかけていく形で進行します。恋人の復讐のため裏社会に足を踏み入れた「鈴木」、自殺専門の殺し屋「鯨」、そしてナイフ使いの殺し屋「蝉」。三者三様の人生がある日突然絡み合っていく様子が面白い。しかし、映画ではメインキャラクター3人が一堂に会する場面はワンシーンしかありません。そもそも「一堂に会する」という表現が正しいと言えるのかどうか。

この3人のうち、山田涼介さん演じるナイフ使いの殺し屋「蝉」の視点では、主に雇い主である「岩西」との関係が色濃く描かれています。とても見ごたえがあったように思いましたが、数えてみるとたったの5シーン、しかも直接顔を合わせているのは2シーンしかありません。少し物足りないので、原作との違いを見比べながら振り返りたい。

※結末についてネタバレがあるためご注意ください。

原作と映画の大きな違い

原作も映画も、岩西が斡旋した仕事を蝉が行うという役割分担は同じです。そしてどちらもストーリー上で蝉が岩西との関係性に不満を抱くという点も同じなのですが、どのような点に不満を感じているかが異なります。

原作の蝉「俺は岩西に操られているのか?」

原作の蝉は、ガブリエル・カッソの「抑圧」という(架空の)映画を偶然見たことがきっかけで、自分もその映画の主人公と同じく、雇い主である岩西の操り人形なのかもしれないという不満を抱きます。岩西から離れて、自由になりたいという思いです。

映画の蝉「俺と岩西は相棒ではないのか?」

映画の蝉は、岩西が自分のことを「雇い主」と表現したことに不満を表します。こちらは原作とは少し違い、一方的に使われる関係ではなく岩西と対等な関係でありたいという思いです。

このことを踏まえて、映画の岩西と蝉との5シーンを振り返ります。

岩西と蝉の5シーンを振り返る

①冒頭の仕事の報告

しじみを持参し、岩西の事務所へ蝉がやって来ます。報酬を受け取るや否や、早速次の仕事を岩西から与えられる蝉。その内容は、寺原の息子を殺した殺し屋「鯨」を明日までに暗殺すること。蝉は呆れて帰宅してしまいます。

↓ 原作のこの会話がほぼそのまま登場。

「人から依頼を受けて、交渉をして、で、調査をしてだ。大事なのは、準備なんだよ。トンネルから飛び出す前こそ気を付けろ、だ」

「ジャック・クリスピン曰く」

「よく分かるな」

おまえの台詞はどれもそうじゃねぇか、と蝉は溜め息をつく。

伊坂幸太郎『グラスホッパー』

岩西と蝉のこなれたやり取りは、反抗期真っ盛りの若者とそれをからかうイケおじといった雰囲気。大人の余裕で絡もうとする岩西と、いちいち反抗することで応答する蝉。別れ際の「ちゃんと歯ぁ磨けよ〜」「うるせぇんだよ!」にその関係性がよく現れている。

ちなみにこのシーンで1番好きな蝉は、自殺専門の殺し屋である鯨の写真を見せられた時の「んん〜邪道だなァ〜」です。是非本編をご確認ください。

②次の仕事の依頼

家に帰ると言いつつも、岩西が示した鯨の居場所に向かった蝉ですが、既にその場はもぬけの殻。事務所に戻り、そのことを呆れた様子で報告します。岩西の不手際に対する苛立ちが態度に出てしまう蝉。岩西は「それが雇い主に向かって取る態度か」と静かに怒りを表し、それに対し蝉は「俺ら相棒じゃなかったのかよ」と反発し事務所を飛び出します。

原作の蝉も映画の蝉も「岩西に一方的に指図される立場であること」に不快感を示しているところまでは同じですが、原作の蝉が求めるものは「岩西からの自由」で、映画の蝉が求めるものは「岩西との対等な関係」です。どのような距離感を理想としているかに違いがあります。

ちなみにこのシーンで1番好きな蝉は、ワインボトルを蹴り落とした直後の表情です。是非本編をご確認ください。

③仲直りの電話

翌朝、岩西は蝉へ電話をかけ、昨日の出来事を謝罪し「俺ら相棒じゃねぇか」と丸め込みます。一方の蝉も「もうヘマすんじゃねぇぞ」と嬉しげな表情。その電話の最中に、岩西の事務所に鯨が現れます。

↓ 原作はモノローグですが、映画では蝉のセリフとして登場。

人もこうやって、呼吸しているのが泡や煙で見て取れればもう少し、生きている実感があるんじゃねぇかな。

伊坂幸太郎『グラスホッパー』

仲直りが早い。任務遂行のため蝉の機嫌を取らなければいけない岩西の思惑もあるとは思いますが、双方何だか嬉しそうです。映画公開時、どなたかがこの場面の考察として、蝉が電話をしながら晴天の下へ出ることで画面が一気に明るくなることを指摘しており、いい演出だなあと感じたことを覚えています。

ちなみにこのシーンで1番好きな蝉は、晴れた空の下に出てきた蝉の眩しさと嬉しさが混じり合った表情です。是非本編をご確認ください。

④最後の電話

鯨に自殺の暗示をかけられていた岩西は、蝉からの着信で正気を取り戻します。蝉は、ずっと続いている耳鳴りが、ナイフを握っているときと、岩西と話している時だけ止まることを伝えます。そんな蝉に、もう話すことはできないと伝え、岩西は電話を切ります。

↓ 原作のこのセリフがそのまま登場。

「(前略)だからよ、俺は飛ぶんだよ。死ぬのは、そのついでだ」

伊坂幸太郎『グラスホッパー』

とにかく岩西の格好良さが際立つこのシーン。原作にも映画にも登場する岩西最期の一言がとても潔く印象的です。村上淳さん演じる岩西が窓枠に手をかけながら捨て台詞を吐く姿が素敵すぎる。是非本編をご確認ください。

⑤鯨との対決

鯨を探し出した蝉は、岩西の仇を取るため大柄な鯨にたった1人で立ち向かいます。蝉はナイフと〇〇〇を捨て、激しい肉弾戦へ。その果てに2人は……。

原作も映画も、蝉に自殺の暗示をかける鯨を岩西の亡霊が阻止する点は同じです。しかし、原作の蝉は岩西の亡霊と会話しますが、映画の蝉には岩西の亡霊が見えません。岩西の姿が見える鯨が立ち位置を教えてくれますが(優しい)、蝉には一笑されてしまいます。悲しそうに顔を伏せる岩西の姿が切ない。

ちなみにこのシーンで1番好きな蝉は、鯨が語る最初に人を殺した時の話について、血塗れでケタケタ笑いながら感想を述べる姿です。是非本編をご確認ください。

相棒としての岩西と蝉

原作よりも対等な関係性を強調する形で描かれていた映画の岩西と蝉。原作ファンの多い作品のため、この映画版がどのように受け止められるかが気になりましたが、概ね好意的な感想が多かったように思います。

岩西と蝉のシーンがどれも大好きで、何度も映画を見ました。2人のテンポの良い会話が心地よかっただけに、その尺の短さが悔やまれます。もっと見ていたかった。

【おまけ①】岩蝉スピンオフ作品

原作のスピンオフ作品である、この2作の漫画にも岩西と蝉が登場します。

「魔王(全10巻)」では脇役として、「Waltz(全6巻)」では主役として描かれています。岩西と蝉が不足している方はこちらもどうぞ。但し、特にWaltzはBL要素が強めのため、そこまでの関係性は求めていない、という場合はご注意ください。

【おまけ②】ジャック・クリスピンのCD

岩西が敬愛するミュージシャン、ジャック・クリスピン。残念ながら架空の人物ですが、映画では、原作者の伊坂幸太郎氏が大ファンであるバンド、ザ・ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンが書き下ろした挿入歌「don’t wanna live like the dead (死んでるみたいに生きたくない)」がクリスピンの曲として劇中で使われています。

併せて、映画公開時に当曲のCDが限定発売されました。ジャケットも劇中の岩西の事務所に置いてあったレコードと同じです。個人的に映画に登場する小物のデザインをそのまま踏襲した映画グッズが好きなので、このCDは最高です。

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