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【法月綸太郎】図書館司書・沢田穂波とリファレンス・コーナーで仲良く事件を紐解く短編をまとめる

法月綸太郎シリーズが好きです。先日、「法月綸太郎の消息」文庫版の発売をきっかけに、父と息子が自宅リビングで謎を解く安楽椅子探偵型の短編をまとめました。

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短編集のタイトルとなった綸太郎の消息も気になるところですが、それ以上に気になるのが綸太郎といい仲(?)だった図書館司書・沢田穂波の消息です。初期の短編に多く登場していましたが、お元気にしているのだろうか。

主な2人の登場人物

法月綸太郎とは

締め切りと日々戦う推理小説家。長身でこざっぱりとした外見。本業の他、捜査一課の非公式ブレーンを務めたり、区立図書館のリファレンス・コーナーに足繁く通ったりしている。

沢田穂波とは

区立図書館で司書として働く女性。色白で気が強そうな顔立ち。大きな黒縁眼鏡をかけている。綸太郎を上手くコントロールし、尻に敷いている。可愛くて賢い。

 

「法月綸太郎の冒険」より

図書館関連の日常の謎が4編。どれも事件の解決を穂波が綸太郎へ依頼し、綸太郎が一肌脱ぐ、といった流れです。

切り裂き魔

「さあ、正直に白状なさい。何が目当てで足繫くここに通ってくるのか。答えられないのなら、今すぐ切り裂き魔捜しの仕事を引き受けてもらうわよ、好色探偵さん?」

『法月綸太郎の冒険』切り裂き魔 より

区立図書館の蔵書のうち、推理小説の名作ばかりが扉のページを切り取られる被害に遭っていた。犯人である「切り裂き魔」の目的は何なのか?

自分に好意を向ける綸太郎を、掌で転がしている穂波。しかし、鼻の下を伸ばす様子が図書館職員の間で笑い種になっている綸太郎も綸太郎なので、決して文句は言えない。

切り裂き魔の動機については、外にも手段はあったのにどうしてページを切り取らなければならなかったのか、という疑問にも細かく例を挙げてカバーしている点が面白い。油断したところで来る最後のオチも良い。

緑の扉は危険

「わたし、休みの日はコンタクトにしてるの」

綸太郎は穂波をにらんだ。

「―—ずるいぞ、そういうのは」

「あら、今のはひとりごとよ」

『法月綸太郎の冒険』 緑の扉は危険 より

以前より図書館への蔵書寄贈を希望していた資産家が、首を吊って亡くなった。しかし、遺族である資産家の妻が、蔵書寄贈を頑なに拒んでいる。なぜ妻は蔵書を手放したくないのだろうか?

綸太郎を上手く操り、休日出勤のアッシーとして呼び出す穂波。簡単に穂波の言いなりにはならない、という綸太郎の固い(?)意思が崩されるのが早すぎる。

開始時点では日常の謎だったものが、密室殺人事件の解決に結びつく流れが鮮やかで好きです。ざっと書庫を眺めただけで、妻が蔵書に対して金銭的価値を期待していないことを見抜いたり、必要とあらば父を使って警察を動かしたりできる綸太郎が、穂波にだけは頭が上がらない様子が可笑しい。

土曜日の本

「でも、沢田さんは来られなくて、ずいぶん悔しがってましたね」

詩子の姿が見えなくなると、松浦が口を開いた。

「あれで見かけによらず、ヤジウマ精神旺盛な人だからさ。でも、仕事がある以上、いくら悔しがったって、仕方ないもんね。いっひっひっひっひっひ」

と綸太郎。まるで筒井康隆である。

『法月綸太郎の冒険』 土曜日の本 より

「五十円玉二十枚の謎」の短編依頼に苦しむ綸太郎の元へ、大学生・松浦がやって来る。友人の詩子が、アルバイト先で五十円玉男に遭遇したという。五十円玉男の目的とは何なのか?

冒頭に穂波は登場しますが、今回の現場でワトソン役となるのは「切り裂き魔」で知り合った大学生・松浦。松浦が綸太郎のファンということもあり、師弟関係のようで微笑ましい。いつも穂波にやられっぱなしの綸太郎が、陰で言いたい放題(引用文)なところも面白い。

余談ですが、レジで千円札を五十円玉二十前に両替する男を巡る「五十円玉二十枚の謎」は、作家の若竹七海氏の実体験。その謎解きとして競作されたうちの1作品が、この「土曜日の本」です。

過ぎにし薔薇は……

「全く頼りにならない探偵さんだこと」

「面目ない」

綸太郎は小さくなってうなだれた。

『法月綸太郎の冒険』 過ぎにし薔薇は…… より

区立図書館で、毎日3冊の本を借りる女性。彼女は本の内容には興味を示しておらず、また、他の図書館でも毎日同じ行動を繰り返していた。彼女の目的は何なのか?

穂波の依頼とあれば、図書館のハシゴまでして対象者を尾行する綸太郎が健気すぎる。本の小口(天井部分)だけを見て借りる本を決めている女性の境遇が明らかになる過程で、本のつくりや装丁家の仕事についての知識も得られる「図書館探偵」らしい一編です。

「法月綸太郎の新冒険」より

こちらは「~冒険」とは毛色が異なり、3編のうち1編が番外編のような位置づけで、2編が実際の殺人事件に関わることになります。

イントロダクション

「相性占い?」

「いいえ」穂波の返事はそっけない。「あなたがひとりで占うのよ」

『法月綸太郎の新冒険』 イントロダクション より

映画までの時間潰しに、ゲームセンターへ入る綸太郎と穂波の掌編。プリクラを拒否した綸太郎は、相性占いの機械を試すことに。オチが大変なことになっています。

背信の交点

それでも、こうして二日間の旅程が終わりに近づき、東京まで余すところ一時間半を切ったとなると、すこしずつ夏の終りを感じさせる夕映えの景色と重ね合わせて、だんだん名残り惜しい気分になってくるから、不思議なものだ。そういう感覚は、穂波も共有していると見えて、軽口をたたきながら、どことなく表情がもの憂げになっている。

『法月綸太郎の新冒険』 背信の交点 より

「あずさ68号」の車内で、1人の男性が毒を飲んで死亡した。一方、松本駅ですれ違う「しなの23号」の車内でも、同様の状況で死亡した女性が発見される。2つの事件はどのように繋がっているのか?

図書館長の急病により、穂波と2人で信州出張へ行く権利を手にした綸太郎。昼はフォーラムに出席、夜は遅くまで穂波の部屋で水道管ゲームをし、翌日は安曇野の観光コースをてくてく歩いたとのこと。綸太郎の期待する結果とは違ったようですが、仲が良くて羨ましい限り。

しかし楽しい2人旅の終盤、前の座席の客が不審死。父・法月警視が事件提供者であるおかげで綸太郎はこの手のパターンにあまり遭遇しませんが、さすがは名探偵、引きが強い。捜査が進むにつれ、被害者2名の真の関係性が浮かび上がってくる流れに引き込まれます。終盤の犯人と綸太郎との対峙シーンも、犯人がとても手強く、手に汗握ります。個人的に穂波が登場する短編の中で1番好きな作品です。

リターン・ザ・ギフト

法月警視がにらんだ通り、同じ火曜日の午後、綸太郎は行きつけの区立図書館に来ていた。二階の一般閲覧室、リファレンス・カウンターに頬杖をついて、沢田穂波がパソコンのキーボードを打つ姿にじっと見入っている。

『法月綸太郎の新冒険』 リターン・ザ・ギフト より

女性の住居へ侵入し殺人未遂の疑いをかけられた容疑者が、ある人物から女性の殺害を依頼されたと供述した。法月警視率いる捜査班がその人物のアパートへ向かったところ、部屋は既にもぬけの殻で、現場には交換殺人を示唆する書籍が残されていた。この事件は、どのような構造になっているのか?

事件解決に穂波の証言が必要となり、区立図書館を法月警視が訪ねてきます。息子がそこで鼻の下を伸ばしていることなど先刻承知な警視。また、中盤は法月家リビングでの安楽椅子探偵パートとなります。綸太郎が淹れてくれたコーヒーでは物足りずアルコールを欲しがったり、綸太郎が温めてくれた冷凍のピザに文句を付けつつ平らげるお茶目な警視(?)も見どころの1つ。

加えて、図書館カウンターで穂波を相手に綸太郎が行う「真犯人の条件である4つの可能性の検証」も読みごたえがあります。終盤の、記憶力の良い穂波による何気ないたった1つの証言で事件の構造が紐解かれるシーンも面白い。

 

穂波が登場する作品は以上となりますが、読者が知らないだけで、今日も綸太郎は区立図書館のリファレンス・コーナーで鼻の下を伸ばしているのかもしれません。穂波の尻に敷かれる綸太郎の姿を、またどこかで見られるといいなと思います。

 

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