ひとりクローズドサークル

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【法月綸太郎】父・法月警視と自宅で仲良く安楽椅子探偵の短編をまとめる【消息】

法月綸太郎シリーズの短編集「法月綸太郎の消息」の講談社文庫版が先日発売されました。単行本発売時に読了済みではありますが、どちらにしろ大好きなシリーズなので嬉しい。

当作には短編4編が収録されていますが、そのうちの2編が、法月家リビングで行われる毎度恒例の安楽椅子探偵ものです。息子の綸太郎と父である法月警視が、ビールやコーヒーを片手に親子水入らずで現在捜査中の事件についてああでもないこうでもないと語り合う様子がとても微笑ましい。

そこで、シリーズ短編集6冊の中から、綸太郎が法月家リビングから一歩も外に出ずに事件を解決する作品をまとめました。意外と少ない。短編集の刊行順で、古い方から並べます。

たった2名の登場人物

法月綸太郎 (息子)

締め切りと日々戦う推理小説家。長身でこざっぱりとした外見。本業の他、捜査一課の非公式ブレーンを務めている。父に対して敬語を使う。

法月貞雄 (父)

警視庁捜査一課の警視。「定年間近」であるため恐らく50代後半。捜査が難航するたび息子をブレーンとして召喚しているが、職場では黙認されている。愛煙家。妻とは死別しており、息子とずっと親一人子一人で暮らしてきた。

 

法月綸太郎の功績

都市伝説パズル

「お互いにこれで、痛み分けというところだな」

しょんぼりしている綸太郎を励ますように、法月警視が声をかけた。キッチンから戻ってきたところで、両手に新しく作り直した飲み物を持っている。

『法月綸太郎の功績』 都市伝説パズル より

殺人事件の現場に、血文字で「電気をつけなくて命拾いしたな」とメッセージが残されていた。巷で流行りの都市伝説と全く同じ状況だが……

自宅でのディスカッションにより、親子がそれぞれ疑っていた容疑者2名の犯行を否定し、ダークホース的な立ち位置の真犯人を論理的に導き出す過程がとても美しい。なぜわざわざ手間暇かけて都市伝説に見立てたのか、という疑問への回答にも綺麗に繋がります。

本格ミステリとしての美しさ、法月父子の微笑ましさ、最後の締めでホラーに転じる物語の流れ、すべてが贅沢すぎる大好きな一編です。

縊心伝心

もし自分が独立して、この家を出るつもりだと告げたら、定年間近のやもめの父親はどんな顔をするだろう?

『法月綸太郎の功績』縊心伝心 より

自殺予告をした後、自室で首を吊った女性。その死体には他殺の痕跡が残っていた。ただ、有力な容疑者には強固なアリバイがあり……

父の老後に思いを馳せつつ、実はこの瞬間もすっかり惚けた父と自分の妄想の世界なのかもしれない、とにやけながら考えている綸太郎の姿が微笑ましい。そして2人分のブラックコーヒーを淹れてくれる警視がかわいい。

事件については、〇〇〇の存在に思い至った途端、今まで舞台の袖にいた容疑者が一瞬にして引き摺り出されてくる構図が面白い。飛び降り自殺に偽装しなかった理由への繋がり方が綺麗。

犯罪ホロスコープⅡ

宿命の交わる城で

「おっと危ない、重要証拠物件のコピーを返し忘れた。内容は部外秘だから、俺が自分の部屋で着替えている間に、盗み読んだりするなよ」

「はいはい」

『犯罪ホロスコープⅡ』宿命の交わる城で より

同時期に起きた2つの殺人事件現場に、デザイン違いの同じタロットカードが残されていた。綸太郎はこの2つの事件を、交換殺人として結び付けたのだが……

帰宅時の手土産として白々しく捜査資料のコピーを投げてよこす警視も、その芝居に律儀に付き合い警視がいない間に資料に目を通す綸太郎もかわいい。

事件が日を追うごとに二転三転し、ただの交換殺人では終わりません。個人的には、冒頭に登場する「正義」のタロットカードの説明文が、資料の引用文に見せかけた伏線であるところが好きです。

法月綸太郎の消息

あべこべの遺書

たらふく夕食をごちそうになって十一時過ぎに家に帰ると、一足先に帰宅した父親がひとりわびしく、カップ麺をすすっていた。

『法月綸太郎の消息』あべこべの遺書 より

同時期に死亡した2つの遺体。それぞれが相手の自宅で、相手の遺書と共に発見された。2人は無理心中ではなく、生前は恋敵だったようだが……

過去作よりも法月警視のお茶目な描写が多く、人間味に溢れている。資料の文字サイズに文句を付ける様子がとてもリアル。コーヒーの濃淡で警視を陰ながらコントロールする綸太郎もなかなかの策士。

殺さぬ先の自首

「うん、その誰かというのはあれだ、要するにお前の母さんのことなんだが」

お前の母さん……。

思いもよらない発言に、綸太郎は言葉をなくした。

『法月綸太郎の消息』 殺さぬ先の自首 より

「私は人を殺しました」と警察署へ自首した男。その時点では相手の生存が確認されたのだが、後ほど本当に殺人事件が発生し……

冒頭からいつもの様子と違い、歯切れの悪い警視。事件関係者の中に、死別した妻と話し方や声つきが似た女がいたとのこと。

いつものように事件解決の目処がたち和やかに幕が下りる様子とは全く異なり、不穏な雰囲気のまま物語が閉じます。ちなみに法月母については「雪密室」にも記載があります。

 

老いを感じる描写が増えていますが、法月警視がいつまでもお元気で、綸太郎と仲良く事件について語り合う日々が続けばいいなと思います。恐らく作中世界はサザエさん状態ですが、そのまま永遠に警視の定年が来ないでほしい。

 

nasuno261.com

↑ 綸太郎と穂波についてはこちらに書きました。

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↑ 余談ですが、個人的好みとしては「都市伝説パズル」と「死刑囚パズル」が同率1位です。