幼い頃からの読書好きなら避けては通れない「青い鳥文庫」。このレーベルの人気シリーズといえば、はやみねかおる氏の「名探偵夢水清志郎事件ノート」です。
ミステリ好きの登竜門のようなこの作品。その名のとおり名探偵の役割を担うのは「教授」こと夢水清志郎です。しかし、今回焦点を当てるのは、その夢水清志郎の探偵助手を名乗る中学生・レーチこと中井麗一です。
青い鳥文庫「名探偵夢水清志郎事件ノート」シリーズとは
三つ子の中学生・岩崎亜衣、真衣、美衣の家の隣の洋館へ引っ越してきた謎の男・夢水清志郎(通称「教授」)。生活力皆無の彼は自分のことを「名探偵」と称し、亜衣たちの身の回りで起こる事件を皆が幸せになるように解決していきます。
教授が関わる事件はどれも警察沙汰にはなるものの、殺人が起こらないため、青い鳥文庫の対象年齢である良い子の皆さんにも堂々とおすすめできます。
「レーチ」とは
岩崎亜衣のクラスメイトで同じ文芸部に所属する中井麗一。物語の語り手である亜衣によると「長髪の野蛮人」で「知性が零(ゼロ)」。レーチという呼び名もそこから来ています。文芸部では自分の存在自体が詩であると言い張り、創作活動は一切行いません。
初登場となる「亡霊は夜歩く」にて、亜衣となかなかいい感じになる(ように見える)のですが、後続の巻では付かず離れずの絶妙な距離感。いわゆる友達以上恋人未満の関係です。
レーチは五十円玉を銀のくさりに通して、わたしの首にかけてくれる。レーチは背が低いから、のびあがるようにしないとかけられなかった。
『亡霊は夜歩く』はやみねかおる
小説家を目指す亜衣が、初めて自分のファンから対価として貰った五十円。この「五十円玉のネックレス」は、亜衣とレーチの関係性を表す重要なアイテムとして、最終巻まで随所に登場します。
レーチの文学的苦悩
亜衣の目線では残念な感じで語られがちなレーチ。しかし、シリーズの一部作品の中で、物語の幕間としてレーチが語り手となる章が登場することがあります。それが「レーチの文学的苦悩」。
亜衣へ片想いする素直な気持ちが真っ直ぐに、切々と描かれているこの章を読むと、本編だけでは分からなかったレーチの良さがひしひしと伝わってきます。
電話機と格闘するレーチの後ろ姿。時代が変わり電話の概念が変わっても、陰ながら応援したくなる姿です。
レーチの文学的苦悩
「踊る夜光怪人」収録
実際に自分のことを思考の中で「おれ」と呼べるようになったとき、ぼくはきっと、一人前になったような気がするんだろう。
『踊る夜光怪人』はやみねかおる
亜衣を祭りに誘うため、自宅の黒電話と奮闘するレーチ。うじうじしている間に亜衣から逆に誘われ、祭りに行くことは出来たのだが……。
本編ではマイペースで我が道を行くタイプのように見えるレーチですが、実は自分に自信がなく、亜衣を祭りに誘う電話すらかけることができません。
亜衣は自分のことをどう思っているのだろう。自分の長髪を世間に理解されなくてもいい、ただ、亜衣にだけは理解してほしい。レーチの真っ直ぐな「好き」の気持ちが垣間見えます。
レーチの思いが(若干)報われる本編ラストにも注目。
レーチの文学的苦悩Ⅱ
「いつも心に好奇心!」収録
亜衣をデートにさそったとして、どこへいけばいいんだ?
『いつも心に好奇心!』 はやみねかおる・松原秀行
今回も黒電話と格闘するレーチ。亜衣をデートに誘うべく、デートコースの下見をしているうちに、偶然、亜衣と出会うことになり……。
空回りすぎて可哀想な結末。
ちなみにこの本は、他シリーズ(松原秀行「パスワード」シリーズ)との合同作品となっており、番外編のような位置付けです。現在は絶版な上に電子書籍化もされていないため注意。
レーチの文学的苦悩Ⅲ
「人形は笑わない」収録
夢をみているのは、わかってる……。
『人形は笑わない』 はやみねかおる
映画撮影のため、鞠音村へ合宿に来た文芸部の面々。監督を務めることになったレーチは夜、夢を見るのだが……。
微笑ましい夢だと思いきや、一転してホラーな展開に。この夢は一体何を暗示しているのだろうか。
本編の見どころとしては、レーチを慕う文芸部の1年生・一ノ瀬くんが、その理由を亜衣にだけこっそり教えてくれるシーンがあります。同性の後輩の目線から見るレーチの姿が新鮮。
レーチの文学的苦悩・修学旅行スペシャル
「あやかし修学旅行」収録
「おれは、おまえにも、みやげを買う。文句ないだろ。」
『あやかし修学旅行』はやみねかおる
楽しい修学旅行の夜、お土産を買いに行こうと亜衣に誘われたレーチ。土産物屋の店頭で、亜衣は、文芸部の後輩・千秋へのお土産を買うようレーチに勧めるのだが……。
「修学旅行のしおり」が本編に綴じ込まれている、お祭り気分で楽しい一冊。特にレーチの文学的苦悩では、修学旅行の夜の自由時間の空気を味わうことができ、青春のおすそ分けをして貰っているかのような気持ちになる。
自分に好意を抱いている千秋に、お土産を渡したくないレーチ。そこでレーチがとった行動がとても良い。亜衣に対する思いが溢れんばかりに伝わってくる、シリーズの中で1番好きなシーンです。
実は巻頭の目次の上に、この場面が挿絵として描かれています。村田四郎さんの描く、満足そうなレーチの横顔、必見です。
レーチの文学的苦悩Ⅳ
「笛吹き男とサクセス塾の秘密」収録
そう、ぼくはぼくなんだ。この根っこの部分さえ忘れなければ、なにがおきようとあわてることはない。
『笛吹き男とサクセス塾の秘密』はやみねかおる
進路のことで悩むレーチ。ふと思い出した昔のある言葉をきっかけとし、小学校時代の恩師を訪ねることになるのだが……。
将来「何になりたいか」が分からない…レーチと同じ悩みを抱えたことがある人も多いのではないでしょうか。
周りの皆のように夢や目標がない。自信を失い、立ち止まったレーチに先生がかけた「中井くんは、特撮変身ヒーローにでもなるつもりですか?」という一言がとても身に染みる。こんな言葉をかけてくれる先生と出会いたかった。
ちなみにこの回、レーチの姉・中井さなえも登場します。弟とは真逆の豪快な姉さんです。
レーチの文学的クリスマス
「ハワイ幽霊城の謎」収録
同行者が、多すぎる!
『ハワイ幽霊城の謎』はやみねかおる
亜衣をクリスマスのデートの誘おうと、毎度お馴染みの黒電話と格闘するレーチ。そしてやはり亜衣から逆にお誘いを受けることになるのだが、その内容は想像以上のもので……。
2人きりになりたいという、たったそれだけの願いが叶わない。そろそろレーチが不憫になってくる。
その思いが通じたのか、本編の中盤ではやっと2人きりになれたのですが、直後に大変な目に遭っています。ピンチの時に意外と頼りになるレーチの姿も見どころです。
レーチの文学的苦悩Final
「卒業~開かずの教室を開けるとき~」収録
※最終巻のネタバレを含みます
「……いままでありがとう。」
おれは、心の底からの感謝をこめて、黒電話に頭をさげた。
『卒業~開かずの教室を開けるとき~』はやみねかおる
卒業が迫る中、レーチは亜衣と同じ高校へ行くことを辞め、ある決断をする。その結果を亜衣に伝えるべく、レーチは黒電話と最後の対決に挑む。
自分の意思で、大きな決断をしたレーチ。この章の後半で心の中での一人称が「ぼく」から「おれ」に切り替わると同時に、黒電話の声が聞こえなくなります。『レーチの文学的苦悩』(初回)での伏線が綺麗に回収されている。
本編では、別れの挨拶としてレーチが亜衣にかけた言葉がとても良い。思いの強さとレーチらしさを感じる素敵なセリフです。
レーチの文学的苦悩・新たなる戦い
「名探偵と封じられた秘宝」収録
※最終巻のネタバレを含みます
がんばったよ、おれ!
『名探偵と封じられた秘宝』はやみねかおる
高校卒業後、新天地で懸命に生きるレーチ。日本の高校に通う亜衣の声を聞くため、異国の公衆電話を手に取るが……。
亜衣たち三姉妹と教授の物語は一旦幕を閉じ、新シリーズでは新たな主人公と教授が活躍しています。そのシリーズ3作目の当作には、スペシャルゲストとして高校生になった三姉妹が登場。そして、レーチの文学的苦悩も。
言葉の通じない土地で健気に頑張るレーチの姿に胸が熱くなりますが、根本的な部分が良くも悪くも変わっておらず、微笑ましい気持ちになります。お決まりの流れで不本意な結果に終わりますが、亜衣も変わらず元気そうで良かった。
いつかまたどこかで、教授のような立派な探偵になったレーチの姿が見られる日が来ることを、楽しみにしています。