ひとりクローズドサークル

好きなものに対する思いをひっそりと呟くブログ

【有栖川有栖】火村英生シリーズ短編に登場する、人間味のある若者たちが好き

長年、好きな小説家の名前を問われた際には、迷わず有栖川有栖先生のお名前を挙げています。

自分自身の推理小説の好みが有栖川先生の作風とほぼ一致していることに加え、2つのシリーズで語り手となる2人のアリスの独白(地の文)がとても心地良いこと、探偵役である火村英生・江神二郎を始めとした登場人物が皆、魅力的に描かれていること、そして、「大阪」という街への愛が溢れているところが好きです。

今回、本来は素直に火村シリーズの好きな短編を挙げるつもりだったのですが、いざ選んでみると、どれも「作品内に登場する若者たちが魅力的だから」という共通の理由があったため、そちらに焦点を当ててみます。

「スイス時計の謎」より

あるYの悲劇

今日を最後に、この三人で演奏することはなくなるのだそうだ。これからどのように音楽を続けていくのか決めていないままで。

有栖川有栖『スイス時計の謎』

被害者である山元優嗣と同じバンド「ユメノ・ドグラ・マグロ」のメンバーであった浜本欣彦、沢口彩花、用賀明。

「若者たち」に注目するようになったきっかけの作品。火村とアリスが容疑者となったメンバー1人1人の元を訪れ、話を聞く。当然訪問の主旨はアリバイや動機について探ることだが、その過程で、彼らの人となりや音楽性、他のメンバーに対する思いが少しずつ明らかになっていき、読者視点ではその人物の生き様についてのインタビューを読んでいるような感覚になる。

優嗣の幼馴染であり、何かと世話を焼いていた彩花。音楽への情熱と拘りを持ち、優嗣と切磋琢磨していた浜本。人懐っこいが新参者である立場を弁え、一歩引いて他の3人を見つめる用賀。もう誰も犯人であってほしくない。

ミステリとしてのジャンルは、ダイイングメッセージものである。とても説得力があり、自分が被害者の立場でもこう書いただろうな、と思える。また、あるメンバーの自己紹介が伏線であった意外性にも驚く。

スイス時計の謎

私の手紙は、彼女の目にどう映っていたのだろうか?

有栖川有栖『スイス時計の謎』

かつて「優等生クラブ」の仲間として共に高校時代を過ごした6人と、彼らの同級生であったアリス。

彼らがお揃いで所持していた高級腕時計を起点として、5人の容疑者から論理的に犯人を絞り込む過程がとても美しく、本格ミステリの短編として長年人気の高い当作。

関係者全員を前にして行う火村の謎解きシーンが1番の見どころだが、かつての友人グループで、30代半ばの現在では出世レースの競争相手のようになってしまった容疑者たちそれぞれの人生も興味深い。加えて、彼らの同級生であったアリスが忘れられない、高校時代の根深いトラウマ。彼らとアリスの現在の姿に純粋な高校生であった時の姿が重なることにより、真相のやるせなさが更に増している。

余談だが、後の作品「カナダ金貨の謎」には、彼らのうちの1人が(電話だけの出演ではあるが)容疑者の従兄として再登場している。名前は書かれていないけれど、本作の最後にアリスが個人的なメッセージを残したあの人かなと思っている。

「妃は船を沈める」より

妃は船を沈める

ついでだから、彼らの演奏を視聴することにする。日比野と小川がアコースティックギターをかまえ、笠間がハーモニカ、いやブルースハープをポケットから取り出した。そして、さっきまでと人が変わったように快活な声で、ひと声叫ぶ。

「京橋はええとこだっせ!」

有栖川有栖『妃は船を沈める』

火村とアリスに容疑者の人となりを語った若者3人組・日比野、小川、笠間。

ミュージシャンの卵である3人。火村とアリスがご馳走したファミレスの食事を有り難がる姿が微笑ましい。お喋りな日比野、猿顔でツッコミ役の小川、そして朴訥とした笠間。短い場面の中でもテンポ良く流れる会話からそれぞれの人となりがよく分かる。だからこそ、路上ライブで意外な一面を見せる笠間に対して、語り手のアリスと一緒に驚くことができる。

ミステリとしては、意外な所から引きずり出される犯人の姿に思わず背筋が凍る。また「モンキーフェイス」が思わぬ形の伏線であるところにも注目したい。

残酷な揺り籠

満身創痍の女はまた少し黙ってから、儚げな声で呟いた。

「私、誰かと比べて棄てられたんかな」

繰り言だ。もう考えなさんな、と言ってやりたかった。

有栖川有栖『妃は船を沈める』

入院中に容疑者として事情聴取された、被害者の元交際相手・汐野亜美。

交際相手に振られた理由が分からないまま、ストーカーじみた行動をしてしまい、結果的にその相手を殺した容疑者として見られてしまう。被災による怪我もあり心身ともに限界である中、負けじと強気に質問に答える姿が印象的。とても勘が良く、語り手のアリスが彼女の頭の回転の良さに感心するのも頷ける。食堂の静けさの中、クールダウンした彼女がぽつりぽつりと被害者への思いを語り始める場面がとても切ない。

そしてこの物語の最大の見せ場である、火村と犯人との対峙シーンが圧巻。論理的に犯人を追い詰める火村と、狡猾に逃れようとする犯人。シリーズ屈指の手強い敵です。

「菩提樹荘の殺人」より

アポロンのナイフ

ーーいいですね。こんな池が近くにあって。

亀の池がいたく気に入った様子だ。まだしばらく動きそうにない。

有栖川有栖「菩提樹荘の殺人」

東京で連続無差別殺傷事件を起こし、関西へ逃亡してきた少年・坂亦清音。

指名手配犯である彼らしき少年に心当たりのあるアリス。作中では曖昧なままだが、ラストシーンの描写を踏まえると恐らく本人。回想シーンとして、四天王寺での彼との出会いが描写されている。亀の池をじっと見つめる彼が何を思っていたのかは分からないが、その穏やかな佇まいからは異様な雰囲気が全く感じられず、逆に底の知れない怖さがある。

この短編が好きすぎるあまり、四天王寺の亀の池を見に行ったことがある。この話はまた改めて書きたい。

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ミステリとしては、坂亦の事件と同時に大阪で発生した類似の事件がメイン。裏のテーマである「少年法」が、事件の真相にどう絡んでくるのか。こちらも見どころです。

雛人形を笑え

帯名雄大、矢園歌穂、伊場裕伸、小坂ミノリ。

漫才師を志した動機は人それぞれだったが、ノリでやってみて成功したら儲けもの、という感じの人間はいなかった。

有栖川有栖「菩提樹荘の殺人」

被害者である矢園歌穂を含めた4人の若手漫才師たち。

人気上昇中だった若手コンビ2人と、その元相方である2人。その複雑な関係性により、事件にほろ苦さが加わっている。事情聴取が進むにつれて、漫才への思いや元相方への思いなど、容疑者3人の人物像がどんどんクリアになっていく。

中盤に回想シーンとして登場する、旧雛人形の漫才。誰かを笑わせたいという純粋な思いに溢れていてとても好きな場面です。この場面の良さがあるからこそ、真相の苦味が増す気がする。

ちなみに、この短編の導入部である、アリスが喫茶店で仕事をしてから外を散歩するシーンが好きすぎて、愛染坂と大江神社にも行った。この話もまた改めて書きたい。

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